【コラム】薬剤部より~漢方彩々 2022年 立夏~
桜が散って道路脇のツツジもそろそろ見頃を過ぎ、緑萌ゆる季節となりました。皆さま今年のゴールデンウィークは久しぶりに羽を伸ばすことができたでしょうか。最長で10連休になる最終日の5月8日は「母の日」が重なるということで、これまでなかなか会えなかったご両親のもとへ帰省された方や、お母様へ贈り物をされた方もいらっしゃるかもしれません。
母の日に贈るお花と言えばカーネーションが定番中の定番かと思いますが、最近は他にバラやガーベラ、アジサイ、シャクヤクなども人気のようです。
では、シャクヤクのお花と聞いてぱっと思い浮かべることができた方はどのくらい居られるでしょうか。名前は耳にしたことがあるけれど実際の花までは……という方も多いのではないかと思います。
と言うわけで今号は「立てば芍薬 座れば牡丹」の句にも詠まれた美人のお花にちなんだお話です。
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和名:ボタン
学名:Paeonia suffruticosa
中国原産、ボタン科ボタン属の落葉低木。
初夏、「百花王」の名にふさわしい大輪の豪華な花が咲く。
つぼみの先が少しとがっているのが特徴。
和名:シャクヤク
学名:Paeonia lactiflora
東アジア原産、ボタン科ボタン属の多年草。
初夏、ボタンに遅れて大輪の花が咲く。左写真のように、つぼみは丸い。
lactifloraは乳白色の花という意味だが現在はさまざまな園芸用品種が流通している。
上記の慣用句、本来は「歩く姿は百合の花」と続き、百合もまた美しい花を咲かせる生薬のひとつではあるのですが、今回はスペースの都合で同じボタン科ボタン属の2種のみに絞ってお話させていただきます。
シャクヤクとボタンは同科同属でどちらも美しい大輪の花を咲かせますが、最も大きな違いは上にもご紹介した通りシャクヤクが草本性の植物であるのに対して、ボタンは木本性である点です。花の付き方も、まっすぐに伸びた茎の先に花をつけるのがシャクヤク、枝分かれした新芽の先に花をつけるのがボタンです。前述の慣用句は、これらの花の咲き方を見立てたものとも言われます。
草と木であれば当然ながら成長の速度も異なることは容易にご想像いただけると思います。ボタンは種から育てると花が咲くまで5~10年かかるとも言われます。そこで園芸界ではより短期間で栽培するために、十分成長したシャクヤクの根にボタンの枝を接ぎ木する方法がとられます。園芸店で購入できるボタンの苗木は大抵この接ぎ木で育てられたものです。ですからこまめにお世話をしてあげないと、「ボタンを育てていたつもりが綺麗なシャクヤクの花が咲きました」ということも珍しくありません。
薬用の場合には接ぎ木からボタンの自根を発根させて栽培しますが、生薬用に栽培されるボタンやシャクヤクの畑では、美しい花を咲かせる前につぼみをすべて摘み取ってしまいます。充実した根を育てるための大切な過程です。
漢方ではシャクヤクの根を芍薬(しゃくやく)として補血、止痛、抗炎症薬などに用います。一般的には根の外皮を残した赤芍(せきしゃく)と、外皮を取り除いた白芍(びゃくしゃく)に分けられ、現在日本の市場で主に流通しているのは白芍です。
一方のボタンは根皮を牡丹皮(ぼたんぴ)として女性の漢方によく用います。血のめぐりを良くし、熱をとる作用があります。
属名のPaeoniaはギリシャ神話に登場する医の神「Paeon」に由来しており、西洋の人々にも古くから薬用植物として親しまれていたことがうかがい知れます。
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徳島県には、西日本有数の産地としてシャクヤクのお花を栽培している地域があります。主に京阪神に向けて出荷されているそうですが、毎年母の日が近づく最盛期の頃には地元のニュースで報道されているのを目にします。最近は様々な色や種類のお花がありますが、シャクヤクは1輪でも豪華で華やかなので、花束の贈り物の際には検討してみてはいかがでしょうか。
シャクヤクの花。ただいま開花中です。
(当院ヘルスパーク前にて撮影)
【コラム】薬剤部より~漢方彩々 2021年 夏秋号~
リモート会議、オンライン飲み会、テレワーク――離れた場所で気軽に顔を見ながら会話が可能になり、最近は患者様への面会もリモートで行わせていただくようになっています。そんなオンライン化の波が押し寄せる中、本年6月には当院にもついに電子カルテが導入されました。薬剤部の仕事の流れにも一部変化があり、デジタルゆえの便利さと、ほんのちょっとの融通の利かなさにまだまだ翻弄されているところです。
かつて日本に初めて西洋医学(蘭学)が入ってきた頃の漢方医の方々も、これまで培ってきた漢方医学とまったく考え方の異なる蘭学のあいだでそんな相反する気持ちを抱えて診療にあたっていたのかしらと想いを馳せながら、今号は生薬の代表選手とともに少し歴史を紐解いてみたいと思います。
和名:オタネニンジン
学名:Panax ginseng
ウコギ科トチバニンジン属の多年草。
原産地は中国東北部から朝鮮半島にかけて。
単一のまっすぐ伸びた茎の先に輪状に葉をつける。
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高麗人参、朝鮮人参と聞けば、サプリメントなどで親しまれている方も居られることと思います。中国最古の薬物書「神農本草経」では不老長寿の薬として上品(じょうほん)に挙げられ、日本でも古くは奈良時代から重宝されてきました。
特に広くもてはやされるようになったのは、家康が江戸に幕府を開いてのち260余年続いた徳川の時代。戦のなくなった平和な世にあって、人々の関心は毎日をどのように楽しく健康で生きるかということに向けられていました。日頃から人一倍健康に気を遣っていた家康も、質素な食事や運動を心がけ、自ら薬の調合をおこなうなどし、当時としては長寿命と言える75歳の天寿を全うしたと言われています。
いわゆる鎖国状態にあった江戸時代、貿易や外交は大きく制限されていました。その結果、芸術や学問など多くの分野で日本独自の文化が花開きます。大陸から伝来した医術や薬草の知識をもとに、国内で発展を遂げた漢方医学もそのひとつ。
当初は生薬の多くを中国からの輸入に頼っていましたが、やがて日本国内での需要が高まってくると、幕府は薬草の探索や栽培研究に力を入れるようになりました。
8代将軍吉宗は生薬の国産化を目指し、高麗人参の国内での栽培研究などを熱心に進めました。度重なる試作ののち、高麗人参の種子からの栽培に成功すると、吉宗は各地の大名にこの種子を配布し、栽培を奨励しました。これが由来となり、高麗人参は和名をオタネニンジンと名付けられています。
当時は全国各地で栽培が試みられたそうですが、植物としてはたいへん繊細で、直射日光や夏の暑さ、雨が苦手なため、栽培にはとても手間がかかります。おまけに成長ものんびりしているため、生薬として使用するには五年ほど栽培しなければなりません。そのため近代の日本では漢方医学が一時衰退したこともあって栽培量は減少の一途を辿るばかりになりました。
現在は島根県・長野県・福島県の一部地域で栽培が続けられているそうですが、国内市場で広く流通しているものはほとんどが中国や韓国などからの輸入品です。
漢方では乾燥した根(細い根は除く)を人参として、疲労回復や滋養強壮などさまざまな処方に用います。また、細根を残したまま蒸して干した紅参(コウジン・左写真)は、保存性や薬効がさらに優れています。
ウコギ科トチバニンジン属の薬用植物としては他に三七人参や竹節人参などの基原植物があり、これらは漢方において人参の代用とされることもあるようです。一方、私たちの食生活になじみ深い野菜のニンジンはセリ科ニンジン属に分類され、薬用のオタネニンジンとは少し異なります。
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西洋医学には西洋医学の、漢方には漢方の向き不向きがあり、デジタルにはデジタルの、紙には紙の良さがあります。どちらか一方ではなくどちらの利点をも生かす選択をすることが、より良い明日につなげるための最良の手段だと痛感しています。
【コラム】薬剤部より~漢方彩々 2021年 春号~
暖かな陽気に桜の開花も進み、春の気配がそこかしこに感じられるようになりました。厳しい冬を乗り越え陽春に手が届いた方も、まだ少し風の冷たさに震えておられる方も、さまざまな想いを抱えてこの春を迎えられることと思います。
先の見えない状況が続く中でも、新しい花の季節の到来は明るく穏やかに気持ちを解きほぐしてくれるものです。
今月は、ちょうどこれから花の盛りが訪れるこちらの生薬をご紹介いたします。
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和名:アンズ
学名:Prunus armeniaca
バラ科サクラ属、ヒマラヤ西部などが原産の落葉小高木。春(3月から4月頃)に淡紅色の花をつける。果実の収穫期は6月下旬から7月にかけて。生のまま食用にするほか、干しアンズやジャムなどに加工される。
生薬名:杏仁(キョウニン)
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アンズの実は生食する果物としてはあまりメジャーなほうではないかもしれませんが、スフレチーズケーキの表面に照りを出すためのアプリコットジャム、中華風デザートの杏仁豆腐など、加工品としては意外と馴染み深い方も多いのではないでしょうか。
バラ科サクラ属のアンズは、ちょうど暖かくなってきた3月の半ば、ソメイヨシノより一足早く桜によく似た花を咲かせます。桜と同じく、花が終わると新しい葉が出て、秋には落葉します。写真でもわかるようにアンズは白に近い淡い色の花を咲かせますが、花びらの外側の「がく」が濃く鮮やかな紅色をしており、花の時期には全体が赤みがかっているようにも見えます。また、桜やウメなどと違い、がくが花に沿わずに反り返るのも特徴です。
果実の成熟期は夏の初め、6月~7月頃です。黄色く熟したアンズの中心部には大きな種(核)がひとつあります。アンズの種には青酸配糖体「アミグダリン」という物質が多く含まれています。これが分解されると【ベンズアルデヒド】(独特の甘い香りのもと)、【青酸】(推理小説やドラマでおなじみの有毒成分)、【糖】(グルコースなど)ができます。同じバラ科植物のウメやモモ、ビワなども同じくアミグダリンやプルナシンという青酸配糖体を多く含みます。
果実が熟していく過程で分解が進むと含有量も減ってくるため、私たちがアンズの実を食用に供する際にはさほど心配はありません。ただし、これらの分解反応はヒトの体内でも進むため、熟れる前の青い果実を生のまま食べたり、極端に大量摂取したりすると青酸中毒を招く恐れがあるので注意が必要です。
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漢方の世界では、アンズの種を割り、中の種子、つまり仁(じん)を取り出して乾燥させたものを杏仁(キョウニン)として用います。杏仁には鎮咳去痰作用があり、主に咳止め薬として使用されます。代表的な漢方薬に、麻杏甘石湯、神秘湯、五虎湯などがあります。
中華料理のデザートとして馴染み深い杏仁豆腐も、もとは咳止めのおくすりを服用しやすい形にした薬膳料理のひとつです。同じバラ科サクラ属の植物のうち、アンズ、モモ、ウメなどは果肉を食用にしますが、果肉が薄いアーモンドは、核の殻を割って中の仁を食用とします。そのため日本で身近に売られている杏仁豆腐は、高価な杏仁霜(キョウニンソウ※杏仁を粉末に加工したもの)に代わってアーモンドを原料としたものが一般的です。
杏仁によく似た生薬として、同じようにモモの種の仁を乾燥させた桃仁(トウニン)があります。見た目はたいへんよく似た生薬ですが、まったく別の薬効を持っています。
杏仁が咳止め薬として使用される一方、桃仁には駆於血作用(血のめぐりをよくする)や緩下作用があり、女性の漢方によく使用されています。
杏仁と桃仁、実際に見分けるのはなかなか至難の業ですが、一般的には杏仁の方が幅広でぷっくりしており、桃仁はやや細長い楕円形のものが多いです。興味深いことにこの違いはそれぞれの植物の葉の形にも一致します。
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花の色、形、枝への付き方、葉の出方など、桜の親戚もじっくり観察してみると奥が深いです。いつもの「お花見」が難しい時代、いつもと違う視点から花を楽しんでみるのも良いかもしれません。
【コラム】薬剤部より ~漢方彩々 2020年 冬号~
2020年も残すところ1ヶ月、年末に向けて空気がぴりっと乾燥し、風邪などの感染症が流行し始める季節になりました。
今年は特に、今なお不自由な生活を強いられている方も少なくないかと存じます。
苦難の中にも皆さまおひとりおひとりが一握りでも希望を掴んでいられますように、1日でも多く笑顔で過ごせる日が増えますように。私ども病院職員はそのように祈るばかりの日々ですが、患者様からいただく「ありがとう」の声に励まされながら、一段と気が引き締まる想いで業務に臨んでおります。
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さて、10月から本格的に運用が開始されました本ブログですが、今回は院内薬局からお届けいたします。
当院所属の薬剤師は病棟の入院患者様を中心に、おくすりの管理や服薬指導などを担っております。時には関連施設の職員や外来患者様からご相談をお受けすることもございます。
今回は、当院の特色として漢方薬を服薬されている方が多いことから、よくご質問をいただく漢方薬の用法について、簡単ではございますが改めてご紹介いたします。
漢方薬は一般的に食前または食間にお飲みいただくよう医師から指示があることが多いおくすりです。これは空腹時のほうがおくすりの吸収が良いことや、おくすりの成分(アルカロイドなど)を穏やかに吸収して副作用を少なくする効果が期待できるためです。
食前の指示であればお食事の30分ほど前、食間はお食事とお食事のあいだ(たとえば、朝10時頃と午後3時頃、または寝る前など)にお飲みいただくのをおすすめしております。
ただし、麻黄(マオウ)を含む漢方薬は、エフェドリンという成分が交感神経を刺激して夜眠れなくなる場合がありますので、就寝前の服用はできるだけお控えください。
おくすりは、まず続けていただくことが重要です。どうしても食前や食間だと飲み忘れてしまう、胃もたれ感やむかむかする感じがあるなどの理由で、漢方薬を食後に服用していただく場合もありますが、きちんと量や回数を守って服薬を継続していただくことで十分に効果が期待できます。
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それでは最後にひとつ、生薬棚からこの季節にぴったりのこちらのお話を。
和名:ショウガ
学名:Zingiber officinale
熱帯アジア原産、ショウガ科の多年草。葉は細長く互生。花は黄緑色(日本ではめったに見られない)
生薬名:生姜(ショウキョウ)使用部位は根茎。
ショウガは身近な食材として、また薬用として世界中で広く用いられている植物です。ショウガ科植物には他にミョウガ、ウコン、カルダモンなどがあり、いずれも薬味や香辛料として身近に利用されています。
日本の民間薬では、すりおろしたショウガにハチミツをたらしてお湯で溶いた「生姜湯」が長く親しまれてきました。冷え症や風邪の引きはじめに飲むと、体をポカポカ温めてくれます。
漢方では、根茎を「生姜」または「乾姜」として用います。日本の「生姜」はショウガを乾燥させたもの、「乾姜」は生のショウガを蒸してから干したものです。
不思議なことに中国や漢方の古典にはこの蒸して干した乾姜が登場しません。中国で「生姜」といえば生のひねしょうが(鮮姜)を指し、「乾姜」が日本の「生姜(乾生姜)」に該当します。
ひねしょうが(鮮姜)は体表部での作用が強いので、表面の毒を発散させる葛根湯などは、生のショウガのしぼり汁を加えて飲むと特に効果的です。乾生姜には体を温める作用があり、内臓の冷えによる食欲不振等の胃腸症状によく使用されます。蒸して干した乾姜は温める作用がさらに強く、体の奥からくる冷えを改善します。
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風邪、インフルエンザ、胃腸炎など、さまざまな感染症が流行しやすくなる季節です。手洗い、うがいなどの基本的な感染対策はもちろんのこと、喉の潤いを保ち、過度に身体を冷やさないよう心掛け、厳しい冬を乗り切りましょう。